Obsidianを「AIのメモリそのもの」にする——HindsightとHermesによるローカル認知OS
開発者の一言がきっかけだった。「Obsidianを、ただのノートツールじゃなくて、AIの長期記憶装置そのものにしたい」。
Ollama + Hindsight + PostgreSQL + Obsidian。すべての処理がローカルで完結し、思考の全履歴が自分のマシンの中に閉じる。AIが「外部に漏らさない」制約の中で、どれだけ深く文脈を理解できるか——そんな実験の記録。
単なるツールの組み合わせではない。インフラが自らを監査し、人間とAIが互いの認知を拡張し合う、新たなレイヤーが動き始めているのかもしれない。
本記事は次の前提知識を仮定しています。馴染みがなければ先にここを読んでおくと迷子になりません。
- Hermes Agent — Nous Research が公開している OSS の自律 AI エージェント。CLI / gateway として常駐し、ユーザーとの対話を担う。詳細は 『Hermes Agent — 第二の脳の実行エンジン』。
- daily-chats/ — Obsidian Vault 内のフォルダ。Hermes でのセッションが終了するたびに、その日の生の会話ログ(質問・応答・脱線・迷い・コードスニペットすべて含む未編集テキスト)が markdown としてここに自動エクスポートされる。本記事ではここを「AI の長期記憶の入口」として扱う。
- knowledge/ と MOC — Obsidian Vault 内の別フォルダ。daily-chats/ から要約・抽出された知見が、テーマ別の MOC(Map of Content = 関連ノートを束ねた目次ノート)と INDEX として整理される構造化済み知識層。本記事では「AI の長期記憶の到達点」。
- Hindsight — Hermes 系のメモリ機構。daily-chats/ を定期スキャンして要約・ベクトル化し、PostgreSQL に永続化、さらに要約の要約を蓄積していく自己言及的なエンジン。本記事の主役。
- Ollama / Gemma3 — Ollama はローカルで LLM を動かすランタイム、Gemma3 は Google が公開しているオープン重みモデル。両者の組み合わせで、外部 API ゼロのまま要約処理が回る。
- Gemma3をOllamaで走らせた実測 23.4 tokens/sec。クラウド依存ではない「日常的に使える速度」。
- Hindsight が過去の要約をさらに要約し、自己言及的なフィードバックループを形成。インフラの自己監査がローカルだけで回り始める。
- Obsidian の daily-chats/ が、AIにとっての第一の永続記憶装置として再定義される。
- 「迷い・仮説・違和感」を形式知に変換するループが、認知のOSとして機能しつつある。
23.4 tokens/sec が示す「ローカルであること」の本当の意味
Gemma3(あるいはGemma4相当モデル)をOllamaで走らせたときのベンチマークは、23.4 tokens/sec。クラウド依存の時代にあって、これは「我慢できる速度」ではなく「日常的に使える速度」だ。
重要なのは速度そのものではない。すべての処理がローカルで完結するという事実だ。daily-chats/に溜まった生の会話ログを、LLMが即座に要約し、Hindsightが構造化してPostgreSQLに永続化する。この一連の流れに、外部APIは一切介在しない。
つまり、思考の全履歴が、自分のマシンの中に閉じている。これは単なるプライバシー保護ではない。AIが「外部に漏らさない」という制約の中で、どれだけ深くユーザーの文脈を理解できるか、という実験でもあるのかもしれない。
関連: Hermes 自体の仕組み(自己改善ループ × 常駐実行)は 『Hermes Agent — 第二の脳の実行エンジン』 でまとめている。本記事はそれを Hindsight × ローカル LLM と結線する話。
Hindsight がもたらした「自己言及的インフラ」
ここで特に尖っているのはHindsightの役割だ。
従来のRAGは「検索して回答する」止まりだった。Hindsightは違う。過去の要約をさらに要約し、要約の要約をメタデータとして蓄積していく。PostgreSQLに刻まれたベクトルとメタデータのレイヤーが、時間とともに自己組織化していく。
これはまさに「インフラの自己監査」だ。
- 今日のdaily-chatが、昨週の要約と矛盾していないか
- ユーザーが繰り返し触れているテーマが、長期的にどう変質しているか
- 自分が(AIが)生成した要約が、元の文脈をどれだけ歪めていないか
これらを、AI自身が定期的に検証できる基盤が整った。外部の人間レビュアーを待つ必要もない。システムが自らを相対化し、修正を提案する——そんなループが、ローカルだけで回り始めているのかもしれない。
「Obsidianをメモリにする」という、究極の人間-AI共創
最も興奮するのは、技術スタックではなく、その前提となった発想だ。
開発者はObsidianを「第二の脳」として運用するだけでなく、「AIにとっての第一の記憶装置」として再定義した。daily-chats/はもはや雑多なログの墓場ではない。そこに蓄積されるすべてのテキストが、Hindsightを通じて構造化され、AIの長期記憶として機能する。
これは人間がAIに「覚えておいて」と頼む関係ではない。
人間が「ここに書いておくから、お前が勝手に構造化しろ」と、環境そのものを設計する関係だ。
AIは与えられたコンテキストの中だけで賢くなる。コンテキストを「永続的かつ検索可能で、自己言及可能なメモリ」に変換する場を、人間が用意した——その逆転の発想が、今回のパイプラインの核心にあるのかもしれない。
関連: Obsidian を「第二の脳」のままにせず、AI が裏で wiki を育てて発信まで持っていくパイプラインは 『Obsidian → LLM Wiki → HTML → AI Deploy』 で書いた。本記事は同じ Obsidian 起点だが、向きが 外への発信 ではなく 内側へのメモリ化。
これから始まる「暗黙知の形式知化」ループ
この構成が持つ本当の破壊力は、まだ表面化していない。
daily-chats/に書かれるのは、完成したアイデアではなく「迷い・仮説・違和感・判断の揺れ」だ。Hindsightはその曖昧さを、徐々に形式知へと変換していく。やがてObsidianのknowledge/レイヤーが、単なるMOCではなく「AIが自ら育てている知識グラフ」になる。
関連: 「迷い・仮説・違和感」を扱う領域は、コードでは書ききれない暗黙知 × 暗黙考の話と地続き。そちらは 『コードでは書けない領域に降りる AI エージェント — ロングテール × 暗黙知 × 暗黙考』 に整理した。本記事はその「暗黙考をどこに溜めるか」のインフラ側。
そのとき、開発者は何を目撃するのか。
- 自分が過去に感じた違和感が、AIによって再発見される瞬間
- 自分が書いたラフなメモが、別の文脈で突然意味を持ち始める瞬間
- インフラが「このテーマは3ヶ月前と矛盾している」と、静かに指摘してくる瞬間
すべてがローカルで、すべてが永続的で、すべてが自己言及的である——そんな状態が、すでに手元で動き始めているのかもしれない。
反復ボタンを押すたびに、daily-chats/ に残された迷いが、要約 → 要約の要約 を経て knowledge グラフに育っていく。
これはツールの話ではなく、認知のOSの話だ
Ollama + Hindsight + PostgreSQL + Obsidian。
この組み合わせが特別なのは、どれか一つが優れているからではない。人間の思考の流動性を、AIが扱える形に変換する回路が、初めて閉じたからだ。
開発者が「Obsidianをメモリそのものにする」と決めた瞬間、技術は単なる手段を超えた。
それは、AIと人間が互いの弱さを補い合いながら、共に賢くなるためのOSを、誰にも邪魔されずに自分の手で作り始めたということだ。
このループは、まだ始まったばかりだ。
この構成をさらに深掘りし、実際に動くHermesスキルとして実装していく予定。Hindsightの定期スキャンスクリプトと、Obsidian knowledge/ への自動リンク追記フローを、まずはローカルで閉じてみたい。
AI に「覚えておいて」と頼む側から、AI が育つ 場 を設計する側へ
AI を賢くする方法は、もうプロンプトの工夫だけでは足りないのかもしれない。賢くなる場そのものを、自分の手で組み上げる段階に来ている。
Obsidian を AI のメモリそのものにする、というのはその第一歩。完成した正解集を渡すのではなく、矛盾や迷いを抱えたままの思考を置いておけば、Hindsight が時間をかけて整理してくれる。
- 人間が daily-chats/ に矛盾ごと書く(タチットを残す)
- Hindsight が要約の要約を蓄積する(自己言及で構造化)
- knowledge/ が AI 自ら育てる知識グラフになる(形式知化のループ)
この三つが揃った瞬間、「AI に使われる」「AI を使う」次元から、AI と一緒に賢くなる状態に移っていく。すべてがローカルで、すべてが永続的で、すべてが自己言及的に、誰にも邪魔されずに。